こんにちは。現在、ベトナムでの人材採用において「人が採れない」「給与が合わない」と頭を抱えている経営者や人事担当者の方は多いのではないでしょうか。
本日は、激化する人材獲得競争の中で、他社と同じ土俵で給与アップ競争に巻き込まれないための「採用基準の再定義」と、そこから抜け出すための「具体策」についてお話しします。
目次
ベトナム採用市場で起きている変化|深刻な高度スキル人材不足と給与の高騰

現在、ベトナムの採用市場では、経験や専門性が求められる職種(高度人材)を中心に深刻な人材不足が起きています。
ジェトロの調査(ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査」)によると、人材不足が深刻だと回答した日系企業は、工場作業員では49.5%であったのに対し、一般管理職で67.2%、専門職種で61.8%、IT人材で56.8%と、マネージャー層や専門職で特に不足感が強まっています。
さらに、米国のEMS大手Jabilのベトナム法人幹部が指摘するように、製造業の現場においても自動化・デジタル化が進み、単に作業をする人から、トラブルシューティングやプロセスコントロールができるデジタルリテラシーを持った人材が求められるようになり、労働市場におけるスキルギャップが拡大しています。
実際の採用現場の肌感としても、日本語×経験者の採用において、月給1500万VND(約9.2万円)以下では母集団形成すら難しい状況です。日本語能力に加え、業界職種経験5年以上ともなれば、各社から内定を獲得する「内定ゲッター人材」となり、2000万VND(約12.2万円)以下での採用は困難です。
営業職やIT人材ともなれば最低でも3000万VND(約18.3万円)、場合によっては5000万VND約30.5万円)にも跳ね上がり、まさに
給与が「倍々ゲーム(金額がどんどん倍に膨れ上がる状態)」になっているのが現実です。
「優秀な人材」の定義変化|その採用基準、ビフォアAIの『物差し』のままになっていませんか?
この人材獲得激戦の中、ただ給与を釣り上げて他社と競い合うのは得策ではありません。今必要なのは、自社で採用すべき「優秀な人材」の再定義です。自社オリジナルの最適な人材像を見つけることができれば、この不毛な給与アップ競争から抜け出せるかもしれません。
「日本語N2以上。即戦力を求む。業界経験10年以上、〇〇スキルの実務経験必須」
皆様の会社の求人票に、いまだにこのような文言が並んでいるとしたら、強い危機感を持つべきです。なぜなら、生成AIの登場により、ビジネスにおける「優秀さ」の定義は根底から覆ってしまったからです。
かつてビジネスにおける「優秀さ」とは、「知識の量」と「経験の蓄積(ストック)」と同義でした。しかし、IoTNEWS代表 小泉氏の記事でも指摘されているように、今や知識や過去の事例はAIに聞けば一瞬で返ってくる時代です。同記事の中で、過去の成功体験に固執して新しいツールを拒むベテランは企業にとって「リスク」になり得ると警鐘が鳴らされています。
従来の経験年数ベースの求人は、いわば「アップデートが止まった古いゲームの攻略本」を、高値で買い取ろうとしているようなもの。ビフォアAIのルールで作られた攻略本は、アフターAIの新しいゲームでは役に立たないのです。
AI時代の採用時に見るべきポイント

これからの時代に台頭するのは、過去のやり方にプライドを持つ経験豊富なベテランよりも、AIという巨人を24時間文句を言わない優秀なアシスタントとして素直に使い倒せる柔軟なポテンシャル人材(スキルや経験に固執しない学習意欲の高い人材)です。彼らはAIの力を借りることで、かつて何年もかかった下積み期間を一気にショートカットします。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。ただAIを使うだけのリテラシーのない人材だと、AIが事実とは異なる情報を、さも正しいかのように出力してしまう現象(ハルシネーション)や論理の破綻を見抜けず、そのまま業務に投入してしまう「モンスター社員」になる危険性があるのです。
したがって、これからの採用において、スキルセット(経験年数やツールの使用経験)以上に重視すべきなのは、以下の能力(概念操作能力)です。
- 知的謙虚さ:自分の知識は古いかもしれないと認め、新しいツールを素直に試せる柔軟性
- 論理的強度(ロジカルシンキング):AIが出した答えの前提や論理の飛躍を疑い、矛盾を指摘・修正できる「論理的検品力」
- 問いを立てる言語化能力:漠然とした課題を、AIが処理可能な具体的なタスクに翻訳し指示する力。
- 違和感の検知:デジタル上の論理と、アナログな現場の現実(人間の感情やオペレーションの限界)との間にある矛盾を嗅ぎ分ける力。
給与の「倍々ゲーム」から抜け出す!ベトナム採用の具体策
では、具体的にどのようにして給与高騰の消耗戦から抜け出せばよいのでしょうか。結論から言えば、最も重要かつ最大の武器となるのは「採用基準の抜本的なアップデート」です。
他社と同じように「日系企業での業務経験5年」「〇〇ツールの熟練者」を求めている限り、給与の倍々ゲームからは永遠に抜け出せません。米国のEMS大手Jabilのベトナム法人が実践しているように、現代の現場で真に求められているのは、決まった作業をこなす能力ではなく、予期せぬ事態に対処するトラブルシューティング能力や、全体の流れを最適化するプロセスコントロール能力です。
また、株式会社コーナーの調査でも、人事がいま評価すべき能力は業務のスピードや正確性から、「問いを立てる力」「仮説構築力」へとシフトしていることが明らかになっています。AIが作業を高速化してくれる時代において、人間には「AIのアウトプットを前提に、自分の仕事を再構成する能力」が求められているのです。
もちろん、これは「ITエンジニアなのにコードが全く書けない」「経理なのに簿記の知識がゼロ」といった、完全な未経験者を採用すべきという意味ではありません。業務を遂行するための最低限の基礎知識は当然必要です。
しかし、これまでは「実務経験5年以上」といった高い壁を設けていたところを、「基礎知識(例えばITの基本理論や簿記3級程度)があり、あとはAIを使って自走できるマインドがあるか」という基準にまで引き下げる。
つまり、履歴書の過去の経験年数(ストックの量)を必須条件から外し、新しいツールへの知的謙虚さや、AIの論理破綻を見抜く論理的検品力(地頭の良さ)を最重要視するよう基準をシフトさせます。この「アフターAIの物差し」を採用することで、他社が「経験年数が足りない」として見落としている優秀なポテンシャル層を、適正な給与水準でいち早く獲得できるようになります。
【補足】その他の施策
なお、本テーマの主眼からは少し逸れますが、補足的なアプローチとして以下も有効です。
- 日本とベトナム間の「人材循環」の活用:
日本で働く約52万人のベトナム人労働者や留学生に対し、日本本社での研修や幹部候補としてのキャリアパスを提示し、給与以外の強力な動機付けを行う。
- 基本給に依存しない福利厚生の強化:
基本給の叩き合いを避け、成果型インセンティブ、家族を含めた医療保険、柔軟な働き方など、総合的なエンゲージメントを高める。
求人票への落とし込み
この新しい基準を求人票に落とし込むには、以下の順番で要件を埋めていくと整理しやすくなります。
| ステップ | 採用担当者が考えるべき問いかけ |
| ①この職種の最終成果は何か | AIをどれだけ使っても、この人が最後に責任を持つ「成果物」や「数字」は何か? |
| ②AIと人の役割分担 | どこまでをAIに任せ、人間はどこで「判断」や「現場の調整」を行うか? |
| ③必要な能力は何か | 経験年数や業界知識<AIを使いこなして成果を出すための「地頭」や「マインド」は何か? |
| ④能力の確認方法 | 面接や選考の場で、どうやってそれを見極めるか? |
| ⑤入社後90日のゴール | ツールを駆使して、最初の3ヶ月で何を達成してほしいか? |
このテンプレートにより、とにかく経験者という曖昧な要件から、AIを使いこなしながら、人間ならではの判断で成果を出せる人材へとターゲットを絞り込めます。
面接での確認方法

最後に、このAI時代に必要な能力を面接の場でどう見極めるかをご紹介します。単なる業務改善の経験やAIを使ったことがあるかといった浅い質問では、候補者の真の実力は見抜けません。現場の生々しい課題に対する思考力や、失敗からの軌道修正力を問う必要があります。
Q1. 「AIが出したもっともらしい回答や提案に対して、『これは現場の実態と合わない』と違和感を持ち、修正した経験を教えてください」
【意図】 AIのハルシネーションを見抜く「論理的検品力」と、デジタル上の論理とアナログな現場の現実との矛盾を嗅ぎ分ける「違和感の検知能力」があるかを確認します。
Q2. 「『売上が落ちている』『不良品が増えている』といった漠然とした課題に直面したとき、AIを活用して解決策を探るために、あなたならAIにどのような『前提条件』や『具体的な指示』を与えますか?」
【意図】 課題を丸投げするのではなく、AIが処理可能な具体的なタスクに翻訳できる「問いを立てる力」「言語化能力」を測ります。
Q3. 「過去に自分がうまくいったやり方(成功体験)が、新しいツールや環境の変化によって『もう通用しない』と気づいた経験はありますか? その時、どうやって新しい手法に切り替えましたか?」
【意図】 過去の経験の呪縛に囚われず、自分の知識が古いかもしれないと認めてアップデートできる「知的謙虚さ」を見極めます。
Q4. 「AIや新しい自動化ツールを業務に導入したことで、逆に発生してしまったトラブルや、他メンバーとの連携で起きた摩擦はありましたか? それをどうやって解決し、新しい業務フローとして定着させましたか?」
【意図】 単にツールを使えるだけでなく、システム全体を見渡し、問題発生時に原因を特定して対処する「プロセスコントロール」と「トラブルシューティング」の実務能力を測ります。
💡 究極の確認方法:実技テスト(プロンプトテスト)の導入
面接での対話に加え、選考プロセスで「その場でPCを渡し、架空の業務課題について生成AIを使って10分で解決策をリサーチ・資料化させる」という実技試験を行うのが最も効果的です。AIへの指示の出し方や、出てきた回答をどう批判的に修正するかを直接観察することで、候補者の「地頭の良さ」と「AI適応力」が手に取るように分かります。
まとめ|アフターAI時代の「育てる採用」へ
ベトナムの採用市場における給与高騰は、今後も当面は続くでしょう。しかし、「業界経験10年」「実務経験5年」といったビフォアAIの物差しで戦い続ける限り、企業は終わりのない消耗戦を強いられます。
今こそ、採用基準をアフターAIの物差しへとアップデートする時です。
ここで、多くの方が「そんな優秀な人材、今のベトナム市場にいるわけがない」と感じられたかもしれません。
確かにおっしゃる通り、最初からこれらすべてを完璧にこなせる完成されたAI人材は、現在のベトナムには少ないのが現状です。だからこそ、私たちが面接の場で本当に見抜くべきなのは、完璧な回答ではなく、「崩れない論理の土台(地頭の良さ)」と「新しいものを吸収しようとする素直さ(ポテンシャル)」の2点だけです。
生成AIの進化スピードは圧倒的です。今ツールの使い方が拙くても、業務に必要な最低限の基礎知識(IT理論や簿記など)があり、あとはAIを使って自走できるマインドさえあれば、入社後に爆発的に伸びていきます。これからの時代、採用を「入り口(点)」だけで完結させようとする企業から順番に行き詰まっていくでしょう。
本当に大切なのは、採用を「線」で捉え、入社後の「継続的な教育・仕組み化」とセットで設計することです。
- 定期的なAI研修と実技テストによるスキルアップデート(キャッチアップの仕組み化)
- AI活用度や業務改善の成果を、給与・昇給・昇格基準へダイレクトに紐づける(モチベーションの仕組み化)
このポテンシャル採用と入社後の仕組み(教育×評価)が両輪で回って初めて、他社が「経験年数が足りない」と見落とした原石が、自社だけの超優秀なAI人材へと生まれ変わります。
金額の叩き合いという古いゲームを抜け出し、AIを味方につけて自走する新しい組織への一歩を、今すぐ踏み出していきましょう。
この記事を書いた人
奥平 未来
国家資格キャリアコンサルタント
2015年にベトナムへ移住し、以来ハノイを拠点に日系企業の採用支援に携わる。
現在はG.Aコンサルタンツベトナムのハノイ拠点長として、製造業・商社・サービス業を中心に数百社以上の採用を支援。ベトナム人・日本人双方の転職市場や労働慣習に精通しており、企業文化にフィットする人材採用を強みとしている。
