ベトナムでの人材獲得競争が年々激しさを増すなか、給与や待遇だけで優秀な人材を惹きつけることは難しくなっています。そこで重要になるのが「採用ブランディング(Employer Branding)」です。
本記事は前編として、採用ブランディングの基本と、現地で日々の面談を通じて見えてきたベトナム人求職者のリアルな本音を整理します。自社の魅力を「どう設計し、どう発信するか」を考える後編の土台となる内容です。
目次
そもそも採用ブランディングとは何か
採用ブランディングとは、「この会社で働きたい」と求職者に思ってもらうために、自社の価値や魅力を一貫したメッセージとして発信し、企業イメージを高めていく活動を指します。商品やサービスのブランディングが顧客に向けたものであるのに対し、採用ブランディングは「未来の従業員」と「現在の従業員」に向けたブランディングである点が大きな特徴です。
採用ブランディングが弱いと、求人広告にコストをかけても応募が集まらない、内定を出しても辞退される、入社後すぐに離職されるといった問題が起こりがちです。逆に採用ブランディングが確立されていれば、採用単価の低減・採用スピードの向上・定着率の改善という形で、長期的な投資対効果が生まれます。
採用ブランディングと採用広報の違い
採用広報が「求人を知らせる発信活動」だとすれば、採用ブランディングはその発信の土台となる「自社の価値の定義」にあたります。何を発信するかを決める前に、自社が求職者に提供できる価値そのものを言語化することが出発点になります。
実践の基盤となる情報ソースの選定
効果的な採用ブランディングを行うには、グローバルな先進企業が実践する採用手法と、ベトナム現地の転職市場の動向を組み合わせることが有効です。実務では、以下のような信頼性の高い情報源を戦略の軸にすると、発信の精度が高まります。
・LinkedIn 採用リソースライブラリ:採用ブランディング、タレントブランド、候補者体験(Candidate Experience)、EVP(従業員価値提案)の原理を体系的に押さえるための核となります。
・Indeed Hiring Lab(日本版):求職者の行動、採用市場の動向、求人票の改善、AIを活用した採用実務など、より実践的な論点を拾うのに適しています。
・SHRM 採用(Talent Acquisition):EVPや候補者体験、採用導線の設計を具体的な実務に落とし込む際に役立ちます。
・Glassdoor for Employers:求職者が企業をどう見ているか、口コミの影響力など、評価サイトを通じた評判管理の重要性を把握できます。
・現地市場調査・公的データ(JETRO ベトナム など):ベトナム特有の求職者動向や転職動機を補強するために欠かせません。
ベトナム人求職者が企業選びで重視するポイント

具体的なメッセージを設計する前に、現地の求職者のインサイトを把握しておく必要があります。現地の労働市場調査から見えてくるのは、ベトナムの求職者が企業選びにおいて、「リーダー・経営層の質」「充実した福利厚生」「企業文化」「価値観」を特に重視しているという点です。
さらに世代別の特徴も押さえておきたいところです。若手・中堅層の中心となるZ世代やY世代(ミレニアル世代)は、「多様性と包摂(ダイバーシティ&インクルージョン)」「明確なキャリアパス」「成長機会」への期待が非常に強い傾向があります。これらの要素を自社の発信に組み込めているかどうかが、若手人材の獲得を大きく左右します。
加えて、当社が日々ベトナム人求職者の転職相談・面談を行う中でも、企業を見る視点はここ数年で大きく変化しています。給与や待遇だけでなく、「どんな環境で働くか」を細かく確認する候補者が確実に増えています。
実際の面談でよく聞かれるのは、次のような質問です。
- フレックスタイム制度はありますか
- 残業は月平均どのくらいですか
- 昇給や評価はどのような基準で決まりますか
- 研修やキャリアアップの機会はありますか
- 社内では英語・日本語・ベトナム語のどれを使いますか
これらは求人票への記載がまちまちな情報です。だからこそ、ブログや採用ページで先回りして伝えることが、他社との差別化につながります。以下、特に最近増えている4つの観点を紹介します。
① AI・DXへの取り組みで「会社の将来性」を測る

最近特に増えているのが、「AIは導入していますか」「どんな業務を自動化していますか」「社内で生成AIを使えますか」といった質問です。求職者はAIそのものへの関心だけでなく、「AIやDXに投資している会社=変化に前向きで将来性がある会社」という印象を抱く傾向があります。業務改善に積極的か、新しい挑戦ができる文化か、経営層が変化を受け入れているか——こうした企業風土を測る材料として見ているのです。特にIT人材やマネージャークラスで、この傾向は年々強まっています。
② 「柔軟な働き方」をどう用意しているか
「週に何日在宅できますか」「フルリモートは可能ですか」といった質問は、特にオフィスワークやIT系の候補者で増えています。一方で、製造業や現場を伴う職種では在宅勤務が難しいのも事実です。ここで大切なのは在宅そのものではなく、「働き方にどれだけ柔軟性があるか」という点です。製造業であっても、時差出勤やシフトの融通、有給の取得しやすさ、繁忙期後の振替休暇といった形で柔軟性は示せます。職種の性質に応じて「自社ならどんな柔軟性を提供できるか」を具体的に発信することが、好印象につながります。
③ 「誰の下で働くか」を重視する人が増えている
ハイクラス人材や英語や日本語を活かしたい人材では、仕事内容以上に「直属の上司はどのような方ですか」という質問を受けることがあります。意思決定が早いか、権限委譲があるか、コーチング型のマネジメントか、といった点まで確認する候補者も少なくありません。日本人・ベトナム人・欧米系など、上司の属性によって積める経験が異なると考える求職者もいます。特に、英語を活用したキャリア形成を希望する人材や、多国籍企業での経験を重視する人材では、外国人マネージャーのもとで働ける環境を魅力として捉えるケースが多く見られます。
④ 給与交渉にオープンかどうか
ベトナムの求職者にとって転職は給与を上げる最大の機会であり、現職から一定幅の昇給を期待して動くのが一般的です。そのため給与交渉も活発で、日本の文化のように「条件ばかり主張する候補者」とネガティブに捉えるのは禁物です。転職時に給与や待遇を率直に相談・交渉することはベトナムではごく自然なプロセスであり、「評価や経験に応じて給与を相談できる」「納得感のある説明をしてもらえる」という姿勢は、むしろ企業への信頼につながります。一方で、日系企業にありがちな「前職給与をベースにした慎重なオファー」は、スピードと金額の両面で他社に後れを取る一因にもなります。すべての希望額を受け入れる必要はありませんが、給与レンジや評価制度の考え方を丁寧に説明し、対話する姿勢を示すことが重要です。
日系企業が陥りやすい発信のズレ
日系企業は「安定性」「丁寧な教育体制」「長期雇用」といった強みを持つ一方で、ベトナムの若手が求める「スピード感のある成長」「裁量権」とのギャップが生じることがあります。自社の強みをそのまま伝えるのではなく、求職者が重視する価値観に翻訳して発信することが重要です。
採用ブランディングの前提となる、ベトナム採用市場の「肌感覚」

採用ブランディングは「何を発信するか」だけでなく、「いつ・誰に・どう届けるか」という市場のリアルを踏まえて初めて機能します。どれだけ魅力的なメッセージを用意しても、求職者が動く時期や情報の伝わり方を外していれば届きません。ここでは、ブランディングの土台として押さえておきたい、データや理論だけでは見えてこないベトナム採用市場の傾向を共有します。いずれも日系企業が見落としがちなポイントです。
転職のピークは「テト明け」
ベトナムでは旧正月(テト)前に支給される賞与(いわゆる13ヶ月目給与・テトボーナス)を受け取ってから転職する人が非常に多く、毎年2〜3月にかけて求職者の動きが一気に活発化します。逆に言えば、テト前は候補者が動きにくい時期です。年間の採用計画は、この市場のリズムを前提に組むのが現実的です。
口コミと紹介の影響力が想像以上に大きい
社員一人ひとりが採用ブランドの発信源である、という意識が欠かせません。
南部と北部で温度差がある
ホーチミンを中心とする南部は転職に積極的でドライな傾向、ハノイを中心とする北部は人間関係や安定をより重視する傾向があります。同じ「ベトナム人材」でも、地域によって響くメッセージは異なります。発信のトーンを一律にしないことが大切です。
内定辞退・初日不在のリスク
複数社から同時に内定を得て、初出社日に現れないケースも決して珍しくありません。内定から入社までの期間にこまめに連絡を取り、入社後のイメージや受け入れ体制を具体的に共有しておくことが、定着の第一歩になります。
前編のまとめ — 後編へ
前編では、採用ブランディングの基本と、ベトナム人求職者が実際に何を見て企業を選んでいるのかを整理しました。重要なのは、これらの「求職者のリアル」を踏まえたうえで、自社の魅力を設計し直すことです。
後編では、ここで得た視点をもとに、自社の採用ブランディングを具体的に組み立てる4つのステップと、明日からできる実践アクションを解説します。あわせてご覧ください。
【採用ブランディング実践・後編】自社の魅力を最大化する4つのステップ
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